キューバ 街角だより ~ Informe de la Habana ~

エイムネクスト株式会社では、キューバの国立ハバナ大学に、2015年10月から日本語教師を派遣しています。 現在赴任されている山田芳子先生が、キューバの首都ハバナの街の人々や、日本とは事情の全く異なる生活の様子などを詳しくレポートしています。 “ キューバの今! ” をご紹介します。

2016年12月



もう“師走”ですね。こちらキューバは寒くないので、なんだか年末気分がしません…。

 

1125日(金)22:29にフィデル・カストロ前議長が逝去し、26()から124()までの9日間は服喪期間でした。1128()からは追悼関連行事が始まり、国が喪中だったため、ハバナ大学関係はほとんど何もない、いつもの生活とは違う一週間でした。
 

<革命広場の国立図書館に貼られた カストロ前議長の垂れ幕>

カストロ追悼1
 

1128日(月)

9:00にハバナのカバーニャ要塞で、21発の大砲の儀式がありました。(サンティアゴ・デ・キューバでもありました。)

それをもって、キューバ各地での追悼記帳が始まりました。ハバナの革命広場にあるホセ・マルティ記念館では、月曜日9:0022:00、火曜日9:0012:00が弔問記帳受付時間でしたが、これが長蛇の列。そのため、実際には時間をオーバーして弔問を受け付けていました。

 

*ところで、カバーニャ要塞の追悼の大砲ですが、月曜日は9:0018:00、火曜日から土曜日までは朝6:0018:00の間で1時間おきに大砲が1発ずつ鳴らされました。金曜日にはいつもの21:00の大砲も復活。わたしはベダード地区(要塞からは運河を挟んで4kmくらい離れている)に住んでいるのですが、大砲の音が聞こえるんですよね。朝6時って…まだ薄暗いんですが…

 

1129日(火)

19:00には革命広場で追悼集会(と訳すのだろうか、スペイン語でActo de Masas en Homenaje a Fidel)が行われました。中南米諸国、南アフリカ共和国の大統領、ギリシャの首相、そのほかの国々の首脳の弔辞(スピーチ)、最後にラウル・カストロ議長のスピーチ、という4時間近くの集会でした。

 

1130日(水)

7:00に、カストロ前議長の遺骨を乗せた車が革命広場を出発。

ベダード地区、旧市街を通り、沿道には最後のお別れをする人々でいっぱいでした。

この車(キャラバン)は、カストロ前議長が埋葬される革命発祥の地サンティアゴ・デ・キューバのサンタ・イフィヘニア墓地(キューバ建国の父ホセ・マルティの墓がある)へと、革命当時のルートを逆になぞって向かいました。
 

121日(木)~122日(金)

キャラバンは東に向かって進み続け、まだまだ続くТV追悼番組。

 

123日(土)

キャラバンは昼過ぎにサンティアゴ・デ・キューバに到着。19:00にアントニオ・マセオ広場にて追悼集会。中南米諸国の大統領も出席しましたが、ここではキューバ人の弔辞のみでラウル・カストロ議長のスピーチで終了。1時間20分の短い集会でした。

 

124日(日)

この日はサンタ・イフィヘニア墓地にてカストロ議長の埋葬。7:00頃ハバナのカバーニャ要塞で21発の大砲の儀式。

これで喪に服す期間は終わったのか、TV番組も午後は通常の日曜日の番組になりました。ただ、お店は日曜日はほとんど14:00には閉まるので、服喪期間中と変わらないのでした。

                                       

*この週は学校、政府機関、政府の店は休みでしたが、個人の商店は開店していました。

ただし、レストランでのアルコール類のサービスやお店での販売はナシ。(1部提供していたレストランはあったけど。)

博物館も休館(週末には開館)でしたが、それでもずっと開いていたのは革命博物館。さすが年中無休です。

その他、スポーツの試合(キューバの野球リーグ)、コンサートなども中止で、1126日に予定されていたオペラ歌手のプラシド・ドミンゴのコンサート(アリシア・アロンソ劇場)も延期になりました。


カストロ前議長の追悼関連行事以外は活動のない、静かな1週間でした。

そういえば、ベネズエラのTVチャンネルが、アメリカでのキューバ人亡命者による祝福?の声をニュースで流したので、見ましたが、キューバ国内ではほとんどカストロ前議長を批判する人はいないように思います。確かに人権問題などありますが、教育や医療などの社会政策においては、国民に大いに貢献しているわけで、いわゆる“独裁者”というのも、冷戦時代にアメリカが作り上げたイメージだと感じます。
 

追悼集会が行われた革命広場

(翌朝の写真ですが、すでにきれいに片づけられていました)

カストロ追悼2カストロ追悼3
 



 ニュースでご存知だと思いますが、1125日(現地時間)にフィデル・カストロ前議長が逝去されました。
享年90歳。

キューバは9日間の喪に服します。その関係で、月曜・火曜は政府関係の機関、お店などは休みでした。(大学も休みになりました。)でも、個人のお店やレストランなどは今のところ通常どおり営業していて、それほど市民生活に影響はありません。

ただ、たまにハバナリブレホテルのカードを使ってインターネットをすることがあるのですが、喪に服す9日間は宿泊客以外利用させてもらえず。ちょっと制限されています・・・。

そして、テレビ番組はカストロ前議長関連の番組一色です! 毎週末に放送されるヨーロッパのサッカーリーグ、映画・音楽などの娯楽番組はありません。
でも、ドキュメンタリー番組を見ていると(スペイン語はわかりませんが)、1950年代からの現在までのキューバの歴史そのものといってよい、物凄い人生(特に若いとき)を送った方なんだなと思いました。

古いフィルムの中のカストロ議長の演説はとても力強く、カリスマ性がありますね。それに、中南米での影響力の大きさもわかりました。

キューバとベネズエラとは関係が強いとはいえ、ベネズエラも3日間の喪に服すようです。

また、街では、革命広場とその他の場所で弔問が行われました。

外国語学部が革命広場に近いこともあり行ってみたのですが、あまりに長い弔問者の列で、近くまでたどり着くことができませんでした…。

 

心よりご冥福をお祈りいたします。

カストロ氏追悼集会
この写真は日曜日のものですが、前日の土曜日には学生による追悼集会がありました。

この日も数人が集まったようです。(階段上部に旗を持っている人々が。)

 

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